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岩手県久慈市は、海女の街としてドラマなどにも取り上げられ、日本全国にその名を知られている。
海と山に囲まれるこの地において、近年注目されている存在。
それが放牧によって育てられる地元に根付いた牛、「いわて山形村短角牛」だ。

久慈湾からの海風を受けてミネラル豊富な草を食み、親子でのびのびと育つ短角牛たちの姿。

人の手を極力かけない自然な生活の中でこそ育まれる、短角牛の魅力に迫る。

噛みしめるほどに旨味があふれる、引き締まった肉の味わい

岩手県盛岡市の料理店、ヌッフデュパプを営む伊東拓郎さんは短角牛の魅力をこう語る。

「短角牛は赤身が身上の肉質です。山間部での放牧によって牛もよく運動をして育っています。そのため、噛みしめるごとに旨味があふれてくるような、引き締まった肉の味わいがあります。」

「霜降り肉ではその脂によって噛まずにとろけるというような感想になると思いますが、赤身肉は”肉を食べているんだ、噛んでいるんだ“という喜びを感じられると思います。」

脂身が少なく肉の旨味を味わえる赤身肉は、健康志向や安全・安心を求める消費者によって注目されてきている。

放牧での自然な育成にこだわる、農家の覚悟

「やっぱり牧場の方が牛たちも気持ちよさそうだなとは思いますね。」

今年の放牧作業を終えた柿木敏由貴さんは、颯爽と駆け出した牛たちを見て目を細める。
柿木さんが代表を務める柿木畜産は、この地方でも有数の短角牛を擁する農家だ。

短角牛たちは毎年5月から10月までを雄大な放牧場で過ごし、仔牛は1日約1kgのペースで大きくなるという。
「小学校に行ったような気持ちですかね。秋まで健康に育ってくれればいいな、と思いながらこっちは晩御飯作って待つ感じです。」

柿木畜産の2代目として子供の頃から短角牛に親しんできた柿木さんだったが、農業短大時代に知った黒毛和牛の現場は、自分の知っている牛の育て方とは随分違うものだったという。
それは、霜降り肉にするために過剰に食べさせ、ビタミン不足にもするという育て方で、出荷前には失明してしまっているような牛もいるような状況だった。

「そうやって育った黒毛和牛が高く売れるのはすばらしいことかもしれないけど、自分がそんな育て方をしたいか、と言われたらちょっと違うかな。改めてこの短角牛が健康的ですごく素敵だな、って思いましたね。」

当時は牛肉の輸入自由化によって、赤身肉が中心の安価な外国産牛肉が入ってくる兆しもあり、研修先の農家でも柿木さんは「短角牛ではもうやっていけないよ」と厳しい言葉をかけられたこともあった。

しかし、ここで柿木さんは覚悟を決める。

「じゃあ、俺がやってやるよって。」

国産100%の飼料がもたらす、素直な味わい

春になったら放牧して東北の短い夏は人の手をかけずに育てて、自分たちは農作業をして冬に備えるというのがずっと昔からのこの土地ならではのやり方だ。
牛舎で過ごす秋冬に与える飼料も国産100%にこだわっている。

最初は安全性からの取り組みだったが、その結果として肉の味も明らかに変わってきたのだという。
「脂の味が変わってきます。すごく軽やかでスッキリした質の脂になってきますし、それに伴って臭みもすごく少ないお肉になると感じています。」

トウモロコシもなるべく自分で作る。ふすまや大豆や小麦も国産原料にこだわる。干し草も自分で刈り取る。
コストも手間もかかるが、全ては「どうやったらこの短角牛らしい味になるのか」を考えた上でのことだ。

「ワインのように違いを楽しむ」愛情が伝える特徴と魅力

「知名度もだいぶ上がってきているのですが、食べ方の提案とか味の説明はもう少し必要なのかな、と思いますね」
人の手によって計画的に育てられるのではなく、人の手をかけずに自然に育てる短角牛は、その産地や育ち方によってそれぞれの違いがある。放牧時の自然交配のため、生まれる時期が冬に集中し、出荷時の月齢も一定にはならない。料理人も毎回違う肉を扱うことに近い。

柿木さんはその違いによる魅力を「ワイン」に例える。
「産地や育ちの違いによる特徴を楽しみながら、好みの味を見つけて欲しい。」

A5と呼ばれる霜降り肉と赤身肉の市場価格には依然として開きがあり、今の基準がまだまだ短角牛の作り手を悩ませていることも確かである。

健康に育った赤身肉のおいしさ、その新しい価値をどうやって見つけていくのか。

旧南部藩時代に沿岸と内陸を結ぶ“塩の道”で物資の輸送に活躍した日本の在来種「南部牛」をルーツとする短角牛だが、日本で飼育されている頭数は和牛全体の1%にも満たない。

南部曲り家という母屋と牛舎が棟続きの作りで、ずっと昔から人と牛が一緒に暮らしてきたこの土地。牛を大事に育ててきた歴史がある。
その歴史と文化を残し、日本中に短角牛のおいしさを伝えるために。

「牛たちは、自然の中で育つのが当たり前ですから。」

短角牛を守り育てる愛情と三陸の自然を感じながらヱビスビールで乾杯する。
ここに、ニッポンの幸せ。

◆名称:ヌッフ デュ パプ
◆住所:〒020-0022 岩手県盛岡市大通2-4-22 ニッカツゴールデンビル 4F
◆電話:019-651-5050

◆名称:柿木畜産
◆住所:〒028-8712 岩手県久慈市山形町小国8-14-5
◆電話:090-2607-7271