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日本に根付き醸成した、お座敷天ぷら。
下町の風情が色濃く残る神楽坂。裏道へ一本入ったところに「天孝」はある。「天孝」の名物はお座敷天ぷら。腰掛けを用い正座をした職人が、目の前で天ぷらを揚げてくれる。「お客さんが座って食べているのに、職人が立って料理をするのは失礼ですから。いまとなっては、座って天ぷらを揚げるのはうちの店くらいかも」と二代目の新井均さん。外国から観光客や有名シェフも多く訪れ、お座敷で天ぷらを揚げる姿はショーのようだとたたえられることもあるとか。「ここに立つと、江戸の職人は粋だな、と改めて感じます」
工夫を重ねることで、愛される文化に。
江戸前天ぷらは胡麻油で揚げるのが一般的だが「天孝」は綿実油に胡麻油を合わせる。初代の新井孝一さんが、「天政」にいた頃から続く伝統だ。「芸者衆に『胡麻油だと香りがきつくて、着物についてしまう』と言われたのがきっかけで始めたとか。天ぷらは食材や衣、もちろん全部が大事だけど、油に特徴が出やすいですね」天ぷらのお供にぴったりなのは、やはりビールだ。「特に、ビールが好きなお客さんはヱビスビールを注文しますよ」1890年、ドイツの醸造用機械を使い、ドイツ人技士のもと完成させたビールがヱビスの原点。食卓や祝宴など、あらゆる場に欠かせない日本の定番になった。天ぷらももとはオランダから伝わった料理だが、いまでは和食の代表格。天ぷらとヱビス、どちらもつくり手が独自に工夫を重ね、守ったからこそ日本で花開き、根付いた。近年、海外から高い関心が寄せられている和食。新井さんが目指すのは、「天孝」の天ぷらが世界のシェフたちの手本になることだ。「食材がダイレクトに出る料理ですから、日本の季節や旬について知ることが大事。いろいろな国の人にうちの天ぷらを学んでもらって、世界中に広まるといいと思います」
天孝Tenko
昭和52年創業の「天孝」。神楽坂らしい、洒脱な家屋は昭和23年築。お座敷は昼・夜ともに1組限定。職人を独占できる贅沢な空間だ。昼は¥12,000、夜は¥20,000から。6席のカウンターもあり。左下:これから旬を迎える宍道湖の白魚、秋田のたらの芽、ふきのとうの天ぷら。衣は薄づきで、胡麻油が淡く香る。