歴史と伝統から学び、現代生活に合うやちむんを。

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沖縄の言葉で「焼物」をあらわす、やちむん。生産地としては那覇市壺屋や読谷村が有名だが、他の地域に工房を持つ作家も多く、お気に入りの窯元を探す旅人が増えている。南城市のサトウキビ畑の中に「陶房 眞喜屋」を構える眞喜屋修さんに話を聞いた。

沖縄の土から生まれる、佇まいの美しい器

沖縄を旅する人にやちむんが人気だ。「陶房 眞喜屋」を訪れるのも、7割が沖縄県外からの人だという。古民家に設えられたギャラリーを覗くと、青や茶色で彩られたやちむんが整然と並ぶ。デザインモチーフは伝統的なのにモダンな印象が強いのは、普遍的な造形美が芯にあるからだろうか。「沖縄の強い陽射しの中で見ると、薄い色は色が抜けた感じに見える。絵付けの色は自然と濃くなりますね」工芸品は、その土地ならではの気候風土に育まれるもの。沖縄の土を素材とするやちむんには、南の島らしさが凝縮されるのだろう。厚口でどっしりとした構えに、大らかな絵付けのものが多い。民藝運動の柳宗悦らは、壺屋焼きのそんな魅力を評価してきた。だが明治以前、琉球王朝時代の古陶には洗練されたものが多く、眞喜屋さんのやちむんには温もりと同時に、その古陶に通じる「佇まいの美」が宿る。「大学や大嶺工房では、造形の美しさを学びました。古陶は意識しますが、きちっと作ると堅くなるので、きつすぎず、ゆるすぎずを心がけています。伝統的なスタイルをふまえた上で、現代生活に合うものを作りたいですね」ヱビスビールが生まれた1890年は、琉球国から沖縄県になってまだ11年という時期だ。以来、揺れ動く沖縄の歴史の中で、やちむんは島の暮らしになくてはならないものだった。「手早く作るものには力強さがあるし、正確に作るものには別の良さがある。何を美しいと見るか、最終的には作り手の考えに行き着くと思います」と語る眞喜屋さん。伝統の中にしっかりと腰を据え、時代を変化捉える姿勢は、揺るがない基準の中で常に味を磨き続けるヱビスビールのスタイルにも、どこか通じる哲学がある。

1.器を重ねて焼くことが多いやちむん。皿の中央には「蛇の目」と呼ばれるドーナツ状の輪ができるのが一般的だが、あえて蛇の目を残さないよう工夫している。デザインモチーフは伝統柄か、自然の草花からインスピレーションを得たもの。 

2.右のセメント瓦の古民家が「陶房 眞喜屋」のギャラリー。ざわめくサトウキビの中をドライブして行きたい。 

3.やちむんとしては薄手の小ぶりなご飯茶碗。フルーツやナッツ、ミニサラダにも合いそう。


「那覇大綱挽」 2019年 10月12日~ 14日1935年を最後に途絶えていた那覇の綱挽。那覇を焼き尽くした十・十空襲の日に合わせ、平和を願う祭典として1971年に復活した。1995年に世界一のわら綱としてギネスブックに認定され、現在は世界各国からの参加者でにぎわう。

眞喜屋修 Osamu Makiya
やちむん作家
●1969年沖縄県生まれ。沖縄県立芸術大学卒業後、大嶺實清氏に師事。8年間の修行を経て2001年に独立。当初は首里金城町に「陶房 眞喜屋」を設けたが、より広い環境を求めて2012年に南城市に移転。ゆくゆくはガスの熱源もうまく活用したオリジナル登り窯を作りたいと語る。