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いま注目の作家・小川哲に訊く、
「百年先も残る」小説とは?

いま注目の作家・小川哲に訊く、<br>「百年先も残る」小説とは?

『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞と第13回山田風太郎賞を、『君のクイズ』(朝日新聞出版)で第76回日本推理作家協会賞を受賞。一連の活躍で一躍注目を浴びている作家・小川哲さんは「小説を書くとき、よく百年後のことを考えます」と述べています。130年以上の歴史をもつヱビスビールとも通じる価値観をお持ちの小川さんに、“100年”をキーワードに小説にかける想いを語っていただきました。

職業として生活していく確率を考え、小説家の道へ 

大学院の博士課程在籍中に、小説家になるきっかけを、次のように語ります。

「人から命令されることが嫌で、哲学の研究者を目指していたんですが、思いのほか会議は多いし、休みも取れない感じで、大変そうだし、命令されるし、つらそうだなと。そしたら、僕のなかで漫画家、小説家、ミュージシャンの3つしかないだろうとなって。漫画とミュージシャンは能力的に無理だけど、小説なら日本語は書けるからと、パッと書いたんです」。小説家として生活する現実を第一にしたゴール設定には冷静な判断が光ります。

「自分の伝えたいことがあって、小説を出したとかじゃなく、どの賞に出せば、職業作家として生活していく確率が上がるのか、そこから考えました。書いたものを自分でジャッジできる分野として一番信頼できたのが、子どものころから好きだったSFだったんですね」

学生時代にはチェーホフや谷崎潤一郎など、名著を読み漁ったという小川哲さん。
学生時代にはチェーホフや谷崎潤一郎など、名著を読み漁ったという小川哲さん。お気に入りの作家はフィッツジェラルド。

果たして、在学中に初投稿した『ユートロニカのこちら側』(早川書房)はいきなりハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞。3年ほどで作家として独立、8年後には直木賞受賞という快挙続きの短距離走に驚かされます。しかし小川さんは「下積みがなかった分、苦労はありました」と振り返ります。

「最低限必要な技術や考え方がない状態で、デビューしちゃったんで苦労しましたね。ただ、年齢的にそれなりに成熟してきた28歳でデビューできたのは適切だったかなという気もしますね。もっと若かったら、精神的に対処できないこともあったと思います。とにかくデビューすりゃいいってもんではないですね」

百年の時空を自在に飛び超える、歴史小説とSFの意外な共通点

  • ゲームの王国
  • ゲームの王国
ポル・ポト率いたクメール・ルージュ時代から、近未来のカンボジアを描いた『ゲームの王国』(早川書房)。

その後、カンボジアの現代史と絡めた『ゲームの王国』(早川書房)、「時間」と「歴史」をテーマにした歴史改変SF短編集『嘘と正典』(早川書房)など、SF分野のみならず歴史にまでジャンルと時空を自在に飛び超える作品が続きます。そして、『地図と拳』(集英社)では満州を舞台にした本格的な長編歴史小説を2022年に発表。なぜ未来を描くSFから歴史小説の世界へ足を踏み入れたのでしょうか。

「SF小説でデビューしましたが、そもそも書くジャンルにこだわりはないんです。自分の価値観に従っておもしろい小説を書くだけ。現代とは異なる価値観のなかで人々はなにを考え、どう生きるのかを想像するんです。満洲の架空都市の興亡というテーマも、僕が読者として読んでみたかった題材だから選びましたね」

『地図と拳』(集英社)
『地図と拳』(集英社)。日露戦争前夜から第二次世界大戦まで、満州の架空の都市を舞台に繰り広げられた謀略と知略を描く。

後半に出てくる「未来を予測することは、過去を知ることの鏡なのではないか」という登場人物の言葉のように、SFと歴史小説を書くときの心構えは似ていると言います。

「たとえばSF小説で、誰かと誰かが連絡を取るシーンに電話するとして、電話は100年後も使っているのかと考える。遠くにいる人と連絡をとる手段が、100年後はいまと変わっているかもしれない。電話は、いまスマートフォンという形で残っている。100年前から電話はどう進化して変わったかを調べて、100年後も電話をしているのではないか……と、いちいち考えるわけです。歴史小説でも一緒。100年前、電話はどのように使っていたのか、文献資料などにあたって調べて考える。電話のみならずテクノロジーや社会システムは、現在と比較してどう違うかを気にしながら書くんですよ。舞台が過去に向かえば歴史小説となり、未来に向かえばSFになるという違いだけで、資料にあたって最後は想像力で埋めていくのです」

直木賞作家になって執筆活動への心構えが変わったかを問うと「ないですね」と笑顔で即答。
直木賞作家になって執筆活動への心構えが変わったかを問うと「ないですね」と笑顔で即答。

人物描写に欠かせない、お酒のシーン

直木賞受賞会見時に「本当に正直にいまの気持ちを言うと、さっさと終わってお酒飲みたいなと思っています」とのコメントを残した小川さん。執筆する上で、登場人物の舞台装置として「お酒」の描写は欠かせないと語ります。

「お酒って会話シーンとすごく相性が良いんです。小説は会話文が続くと、誰がしゃべっているのかわからなくなる。でも、酒を飲みながら会話させれば、注文する、注ぐ、飲む、飲み干す、おかわりを頼むまでアクションが多いので『~と言って誰々はビールを飲んだ』と自然に話し手を示せるし、時間経過も表現しやすい。特に会話が繋がるシーンは、お酒の席という打ち解けやすい場を使って普段言わないような話もさせやすいし、飲むしぐさやお酒の種類で登場人物の性格を出せるので、好んで使っていますね」

TOKYO FM『Street Fiction by SATOSHI OGAWA』
TOKYO FM『Street Fiction by SATOSHI OGAWA』(毎週日曜5:30~5:55)でパーソナリティを務める小川さん。「ラジオの仕事はひとりで書く小説と違って、信頼するスタッフとつくりあげていくので、楽しいし息抜きになりますね」

小説のおもしろさは、時代の精神性がわかる作品

この4月から始まったTOKYO FMのラジオ番組でパーソナリティを務めている小川さん。番組開始を告げるプレスリリースには、次のようなコメントがありました。「小説を書くとき、よく百年後のことを考えます。小説は百年先も残るものなのでまだ生まれてもいない誰かに自分の言葉が届くかどうか、想像してみるのです」。小川さんが考える「百年先も残る」小説とは、どのようなものなのでしょうか。

「当時の女性の考え方とか、社会制度がわかるような『源氏物語』のように、その時代の風俗をきっちり描ききった“時代の精神がわかる作品”が残るんですよね。名著とされるドストエフスキーやスタンダールの作品も、当時でいえば最先端のエンターテインメント。その時代のいちばんおもしろいものをつくることが、やっぱり大事かなと思います。小説は1000年以上前からあるものなので、消滅はしないと思いますが、いまのままであり続けるとも思っていない。小説って、読み手に最大級の能動性を要求するエンターテインメント。それには、圧倒的におもしろくないといけない。100年先も残る作品がつくれたらいいけど、狙ってつくりたくはない。100年後はさらに遥か先だから、気にしていられないんで(笑)。ただ、文庫化して、新たに読者を得ることもあるので、2、3年で賞味期限が切れるような作品はそもそもつくりたくないですね」

『君のクイズ』(朝日新聞出版)
小川哲さんの最新作『君のクイズ』(朝日新聞出版)。生中継のクイズ番組で起こった“ゼロ文字正答”の謎を追う。

最後に、「今後書いてみたい小説は?」とうかがうと、ミステリ小説という答えが返ってきました。

「謎を提示して解決する構図は、エンターテインメントの根幹だと思っているので、いつかは純粋なミステリを書いてみたいんです」

ちなみに短編小説として書いた2022年刊行の『君のクイズ』(朝日新聞出版)は、「書評家や同業者の方が言うに、間違いなくミステリらしいです」と笑う。終始、テンポよくユーモアたっぷりに明快な言葉で話す姿は自然体。あふれる人間性が伝わります。

インタビューを終えた今年5月初旬、同作は見事、第76回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門を受賞。ついにミステリ界でも最も権威ある賞を獲得した小川さんは、今後もジャンルを問わず、圧倒的におもしろい作品を発表し続けてくれるに違いありません。

小川哲さん

小川 哲(おがわ・さとし)

1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(2017年)が第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。『嘘と正典』(2019年)で第162回直木三十五賞候補となる。『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、第168回直木賞を受賞。2023年5月、『君のクイズ』(朝日新聞出版)で第76回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門を受賞。


小川哲さんがパーソナリティを務めるラジオ番組
『Street Fiction by SATOSHI OGAWA』

リベラルアーツをコンセプトに、毎週日曜の朝に、ゲストを迎えた対談、本の音声レビュー、シンポジウムやイベント等のレポートなど、番組を通じ様々な気づきをお届けしていきます。
◆放送日時:毎週日曜日5:30~5:55
◆放送局:TOKYO FM
https://audee.jp/program/show/300005062

文・喜多布由子 写真・山本雷太

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