『ヱビスマイスター 匠の逸品』の日暮れにも似た橙色。そして、ドリップコーヒー抽出師・尾籠一誠さんが淹れたコーヒーの、カップを満たす漆黒。飲み物であること以外に共通点を持たない両者は、なぜこんなにも共に奥深い色を示すのでしょうか。

『ヱビスマイスター』はその名の通り、ヱビスビールに精通する醸造技術者、50余名の匠が持てる全てを投じ、ヱビスの頂点を目指して醸した一杯です。その一杯を、異なる世界の匠は、果たしてどのように味わうのか。グラスの向こうに透ける情熱と研鑽に、一体何を見出すのか。そんな単純な疑問の解を求め、YEs! MAGAZINEは今回、ハンドドリップコーヒーの日本チャンピオン、若き匠である尾籠さんにグラスを差し向けます。

薫りと苦みの向こうに、見えるもの

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TESTER
ドリップコーヒー抽出師 尾籠一誠


2011年、自身の本能に導かれるようにカフェ・コーヒー関連商品を手がける企業に入社しコーヒーの世界へ。2013年、キャリアわずか2年でJHDC(ジャパン ハンドドリップ チャンピオンシップ)で優勝。翌年も制覇し、日本代表としてイタリアで開催された世界大会に出場。現在では日本大会の審査員も務める。なお2014年にはJBrC(ジャパン ブリューワーズ カップ)でもチャンピオンを獲得。2015年独立し、一般、プロ向けにコーヒー抽出の技術指導を行うかたわら、商品・機材のR&D活動も精力的に行う。コーヒー界で今、最もその動向が注目される存在だ。

「ボディに奥行きと柔らかな広がりがある」
隅々まで確認するように、『ヱビスマイスター』をゆっくりと味わった後、尾籠さんはこう口を開きました。コーヒーをよく知る人は、コクを”ボディ”と表現する、と付け加えつつ。そして苦みの質も高い、と尾籠さんは続けます。

「ビールにとって苦みはとても重要ですよね。そしてコーヒーにとっても苦みは生命線です。ただ、苦みが強すぎれば、それは不快になる。しかし、不快のほんの一歩手前に、豊かなコクを生み出す苦みが存在します。もちろん、コーヒーをよく知らなければ、その紙一重は見極められない。このビールもそうではないでしょうか。芯のある苦みがあり、それがポジティブに楽しめる。ビールを本当によく知っている人が、明確で、そして心地よい苦みを突き詰めて追求した、そんな様子が目に浮かびます」

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ビールに不可欠な苦み。そのクオリティは大事な原材料であるホップの品質に起因します。ドイツ産のホップを真空保存し一部に使う。こうしたホップ、素材への凄まじいこだわりが、『ヱビスマイスター』を際立たせる。そしてこのホップが香ばしき薫りにもつながるのです。

「コンプレックス(複雑な)。いいコーヒーを僕たちはこう表現します。苦みだけではなく、甘みや酸味、そして薫りなど、一杯のコーヒーの中にどれだけの複雑な風味を表現できるか。これがコンプレックスたるゆえんです。ただし、コンプレックスなコーヒーを淹れるためには素材の良し悪しに大きく影響されます。ですが良質な素材を手に入れる、というのは決して簡単ではありません。それを獲得できる、世界中の生産現場とヱビスの信頼関係は、長い歴史の裏打ちがあってこそだと思います」

最も困難な味作りとは、調和

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あなたのコーヒーは一体どこが評価されるのか。そんな意地悪な質問をすると、尾籠さんは笑いながら「口当たりまろやかで、優しい」と語ります。同時にそれは自身にとっての理想のコーヒーである、と。チャンピオンとは思えない、平易な理想にも感じられますが、尾籠さんはさらに言葉を続けます。

「僕のキャリアは、カウンターで向かい合うお客様に、コーヒーを淹れる中で培われました。かつては味に満足できないお客様が、怒って帰ってしまったこともあります。だからこそ、多くのお客様に美味しいといってもらいたい。そんな想いで導かれたのが、口当たりまろやかで、優しいコーヒーです。それが尾籠一誠の味かもしれません」

ヱビスの醸造技術者も語ります。尖りすぎたビールが果たしてヱビスを愛する飲み手を満足させるのか、と。ヱビスらしさをしっかりと継承しながらも、明確に違いが分かる個性を宿すビール。目指したのはこんな一杯だったそうです。

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「すごく共感できるエピソードです。確かに、コーヒーでも極端に尖った味を作ることはそんなに難しいことではありません。極端な味わいに一定のファンがいることも理解していますが、難しいのは多くの方を満足させる、優しさを持つ味を作り出すことです」

優しさ。そこに尾籠さんの個があり、徹底的にこだわると言葉を続けます。そして優しさとは”丸み”とも表現できるとも。柔らかな丸みに不可欠であるのは、苦み、甘み、酸味といった多様な要素の絶妙なバランス。そしてバランスを調えることこそ、最も難しいと語ります。ヱビスマイスターを口にした瞬間感じる、ホップの苦みと、麦芽のほのかな甘み。飲み下した後、鼻腔に漂う華やかな薫り。どれもが欠けてはいけない、大切な要素です。

そして多様な要素をまとめ上げる、ヱビスであることを決定づけるコク。ヱビスでありながら、最高峰であることを飲み手に伝える個性を宿す。矛盾とも感じられる多様な要素を一杯に凝縮するこのチャレンジに、尾籠さんは強いシンパシーを感じると言います。

積み重ねた研鑽の果て

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「例えば、エチオピアの豆なら特徴は、フローラルな薫りとフルーツのような風味です。その特徴を引き出すには、豆をお湯に浸した初期の液体を抽出するのがポイントです。だから、やや粗挽きにして、粒を大きくし粉量を少し多めにする。こうして最初に出る液体を凝縮することで、その味わいを引き出すのです」

このように、美味いコーヒーを淹れる秘訣を尋ねられれば、尾籠さんは迷うことなく答えを口にします。その淀みない言葉は、重ねてきた研鑽と追求が醸したものでしょう。

「お客様に出すコーヒーは必ずテイスティングをします。飲み過ぎると気持ちが悪くなってしまいますから、これをするバリスタは少ないでしょう」

尾籠さんは笑うが、自身の提供する一杯が、なぜこの味になるのか。なぜ飲み手を唸らせるのか、無限とも思えるコーヒー抽出の手札と優れた味わいを紐付ける。淹れて、確かめ、提供する。途方もない繰り返しが、尾籠さんを日本チャンピオンのドリップコーヒー抽出師たらしめました。そしてヱビスマイスター。ヱビスを見つめ続け、ヱビスを知り尽くした醸造技術者たちだからこそ醸し出せる、ヱビスの高みと呼ぶべき一杯です。

「120年余り。当然ですが、並大抵の積み重ねではないでしょう。120年以上続けたということは、ヱビスが愛され続け、ヱビスの味があったからでしょう。そしてそれをさらに高める。素材、製法、情熱。全てが120年余り積み重なったからこそ、この『ヱビスマイスター』にたどりついた。僕にはそう感じられる」

ビールとコーヒー。ものこそ違えど、究めんとする姿勢は重なるヱビスと尾籠さん。匠がヱビスマイスターに見た、味とその向こうの景色。みなさんは、その深き黄金色の向こうに、何を見出しますか。